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12 / 25 Wed 11:59 ×
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09 / 01 Mon 21:53 #宍戸慈 ×

ぶり返してしまった風邪が治らず、今日の住宅問題を考えるフォーラムは見合わせ。行けなかった分、お風呂の中で一人フォーラム。お湯につかりながら、頭の中ではずっとそのことを考えていた。

震災から丸3年。それでもなお、更なる支援を求めていくというのはどういうことなんだろう?
私たち避難者にとって住宅は確かに末永く必要だし、こうして家族が増えて手狭な家に住んでいるあたしたちにとっては「住み替え(現在は認められていない)」もとてもとても大きな問題ではあるのだけれど、それを盾に政府やお役所にアクションを起こしていくことに、なんともいえない違和感を感じている自分がいる。

ひとりフォーラムをしていたら、そこにある1つの答えがでた。
そうか。あたしは2011年の3月に日本っていう国家(というか政府?)は機能しなくなった(ある種崩壊した)と思っていて、もう頼れないし自分で決めて動くしかない。自分を守るのは自分だと思ったから自主避難して来たんじゃないか。それなのに、住宅や健康問題についてはまだ、どこかで政府や国に「守ってもらおう」としていた自分がいたのではないか。そうか矛盾してたのか。

ようやく腑に落ちた。
そこに関してのみ、なぜか依存から脱却できずにいた自分に気付いたのだ。
どうやらこの違和感はそんな自分に対しての違和感だったよう。
それがわかっただけでも、わたしにとっては大きな大きな収穫。
ひとりフォーラムのお陰でやっぱり家も健康も、国や政府に守ってもらおうとするんじゃなくて、自分たちで作り育て守っていくのである。と再認識することができた。

ということで、DIYできる、リノベできる家を探して、作って行こうと決意が芽生えた。できれば西区か宮の森がいいな、できれば小別沢。ってそんな運よくないかな?(笑
というのが結論。一見、はちゃめちゃなようで、自分の中では繋がっている。
お先に失礼します。だし、これが自立へまた一歩。なのである。うむ。



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08 / 27 Wed 21:21 #宍戸慈 ×


とってもとっても久しぶりに「遊び」に。
ご近所のお友だちと赤ちゃんと、コマさんと4人で。
ちょっぴり車を走らせて長沼のカフェへ。

同じ北海道といえど、長沼は田んぼが多い。
田んぼの真ん中に小さな看板「こぐま座」。
友だち馴染みのお店、お下げのお姉さん(というか年齢的にはきっと、おばさんなのだとおもうけど、雰囲気はまるで少女)が迎え入れてくれた。
板張りの床が裸足にきもちいい。すぐ傍に子どもが遊べるようなおもちゃがたくさん並べてあっる木の丸いちゃぶ台に陣取った。とうきびと枝豆とサツマイモの炊き込みご飯、漆器に入ったお吸い物…ひとつひとつが丁寧に作られたご飯。小熊ちゃんこと、少女のような彼女がつくっているかと思いきや、全部旦那さんのお手製というから驚き。でも、とってもおいしい。ついつい、おかわり(ご飯とお吸い物はお替わり自由でなんと¥1,000!?)。お庭から時折入ってくる風が窓辺に掛けてある竹細工をカタカタカタ、と鳴らす。むかーし、まだ引っ越す前の実家の軒先でも聞いた事もあるような、懐かしい音。

ハーブティに、シフォンケーキ…。時間を気にせず、赤ちゃんがいるのも気にせず、子どもをみながら、おっぱいあげながら、ゆっくり、ただただのんびり。
こんな時間って、いつぶりだろう。
考えてみたら、出産して半年、コマのことが最優先。
その次に、自分の体やこうちゃんのことや家のこと、、、嗚呼仕事の事もぼちぼちやらなくっちゃ、って赤ちゃんのリズムに合わせるから。ゆっくりのんびりしているようで、意外と息をつけないでいたか。



カフェにてかわいい後ろ姿2つ。

4人で温泉にはいって、平飼いの卵を買って、帰路。
西に向かう道すがら、夕日が刈り取りを待つ、稲穂を照らしていてキラキラ綺麗だった。
そういえばあたし、震災前、妊娠前はこんなことが好きだったっけ。
カフェに行ったり、温泉に入ったり、自然の中で四季の移ろいを感じたり。
すっかり忘れていた私の「好き」が戻って来た1日。

病み上がりで行ったからか、少し鼻水がぶりかえしてしまったのは、ご愛嬌(笑





08 / 26 Tue 21:18 #宍戸慈 ×



おちっこま事件発生。2日ほど前。朝からニセコでレッスンだというのに、39度超えの熱を出してしまっていた、私が絶不調な日の朝。

いつもどおり、5時ぴったりに目が覚めたコマさん。オッパイを飲んで、オマルでたっぷりおしっこをして、ご機嫌に遊んでいました。父は、具合の悪い私の代わりに朝ご飯を用意して、洗濯をして、コマさんのお出かけの準備をしてと慌ただしく。私は自分の布団で突っ伏して意識が朦朧。「今日レッスンできるかなぁ。コマさん連れて授乳して…気合いだよ気合い〜」自分と熱と闘っていたそんな時。

「ふにゃふにゃ、あーあー」力ない、今までにあまり聞き慣れない声に彼女のいた隣の布団に目をやると、コマの顔が白い容器に隠れて半分見えない。

あれ?コマ一体何してるの?
白いものに頭を突っ込んで、仰向けにひっくり返っている!?
どうやってその体勢になったの?
ん?!それの白いのはもしかしてオマルかい?
ん?!!!あれさっきおしっこしなかったかい?
わぁ!こりゃ大変!「こうちゃーん、コマが」
熱のせいか、状況を飲み込むまで、頭の中がスローモーション。

そんな状況にも関わらず、泣くでもなくただただ呆然と頭をおしっこに浸けていた我娘。自分の手でオマルを引き寄せて倒したのか、自分からオマルに引き込まれていったのか…どうやっても頭が入るってなかなかならないと思うのだけど。謎。イラストはコウスケが「まむしの暮らし」に描いたもの。

唯一不幸中の幸いは、今日はうんちが一緒に入っていなかったことでしょうか。

きっと彼女が大きくなっても語られるであろうベビー時代の武勇伝が、ここにひとつ誕生。








08 / 25 Mon 21:54 #宍戸慈 ×


久々にやってしまった。まずいかな、と思ってはいたけど案の定。
熱。スコーン!と39度を超えてしまっていました。それでも、楽しみにレッスンにきてくれる人たちのことを思うと「休みます」の電話をすることもできず、昨日はニセコまで往復4時間&ベビ付きでピラティス。今日動けなくなるのは、覚悟の上でした。

朝、ひきっぱなしにしておいてくれてたお布団の中でご飯。昨晩こうちゃんが作ってくれた雑炊をすすって床につくと「今日午後打ち合わせがICCであるんだけど、コマさん連れてこうかと思って」と彼。

え?こうちゃんがコマと2人で仕事に出かけるの?
いや、別におかしいことじゃないか。と一瞬自分の中で2人の自分が会話。

そっか、ありがとう。
ちょっと、どぎまぎしながら返事をして更に深く布団をかぶりこんだ。
自分の中にはなかった発想だった。
女の人が子どもを連れながら仕事をしていることはOKだけど、男の人が子連れで仕事はNG?よくよく考えてみれば何にも変なことはないのに、というか自分はそんな男性が増える社会を望んでいるはずなのに彼の発言に驚いている自分。女はいいけど男は駄目。それこそ差別ではないか。無意識のボーダーライン。私より彼の方が断然頭が柔らかいのかもしれない。

いってらっしゃーい。布おむつとお尻ふきを持って、ピンクのワンピースを着せていつもよりおめかし、白湯まで用意して元気に出かけていった2人。産後、私が一人で外に出かけることはあっても家に一人になるのは今日がはじめて。少しでも寝ようと目を瞑るも、時計の音がチクタクチクタク。窓から見える札幌の空は青い。昨日過ぎていった台風の後の晴れ間、ガラス窓を通しても空気が澄んでいるのがわかる。風にゆっくり流されていく雲たちが、すこしはやい秋の訪れを告げている。家の中がなんとも静かである。

一人の時間を満喫しようと、以前にたべるとくらしの研究所の安斎明子さんから「読んでみて」と借りていた中川ちえさんの「まよいながらゆれながら」に手がのびた。福島のこと、あの日のことが描いてあると思うとなかなか読む気がおこらず、今まで家の本棚の片隅にそっと息をひそめていてくれた一冊だった。ひとりきりの家で、お布団の中で読むそれは、ぐんぐん心の中に入ってきて、あの頃のこと、今までのこと、大切な人たちの顔…ここ最近は胸の奥に大切にしまっておいたものたちの手を優しく引いて、いつの間にかわたしの眼下に連れてきてくれていた。決して辛いものとしてではない、やっぱり幾らか淋しくはあるものの、どこか嬉しくて儚い空気を纏って心をぼぐしていく。中川ちえさんの文章の力なのか、伸也さんや明子さん、お父さんお母さん、知っている人たちのことが綴られているからなのか。それとも、わたし自身、心の整理整頓が上手にできるようになったからなのか。

コマさんを産んで半年がすぎた。苦手な夏もそろそろ終わりムード。わたしも綴っていこうと思い直させてもらえた一冊だった。わたしらしく、無理なくね。そう、無理するとまた熱が出てしまうから。そんなわけで、少しずつ、ブログも再開していきたいと思います。

西向きのベランダから見える空がほんのり赤く染まりかけたころ、キーっと音がして、2人が帰ってきた。腕に抱かれたコマの目頭の色は空の色と一緒。「泣いたの?」というと「ちょっとね」と。おいでー。抱きかかえたコマの感触が知らない赤ちゃんを抱いてるようで新鮮だった。ぎゅぅっと抱きしめておかえりーというなり、胸元をまさぐる。はいはい、今あげるね、とオッパイをあげるとキャッキャ!と声をあげて飲む。その姿が愛おしくてたまらない。たった数時間離れていただけなのに、母はコマシックになっていた。こうして必要とされる存在であれることは幸せなこと。

疲れた様子のこうちゃんにも拍手。「コマが一緒だと2倍疲れるよね」というと「うん、ホントに」と。でも「子連れで働ける場所がもっと増えたら良いのにね。札幌イクメン会でも作るか!」だそうです。子連れオオカミで仕事してきました!とfacebookにもシェアしてご機嫌のご様子。現代の子連れオオカミ、妻は生きていますのであしからず。これからもよろしくお願いします。


08 / 19 Tue 20:30 #宍戸慈 ×

 コマを数時間、こうちゃんに預けて市内に出張のレッスン。2〜3時間のお出かけならパパでも大丈夫になってきた。ありがたいことこの上ないですね。

 今日レッスンの帰りに国道沿いにあるステーキ屋さんの看板が目に入った。「ステーキM」それは私にとって幼少期の豊さの象徴のようなものである。「あぁ懐かしい」親戚がきた、お祝い事があった、何か外食をして贅沢をしようとなると、我が家はきまってここだった。きっと両親がというよりも、わたしたち子どもたちが「Mがいい〜!」と言っていたのだと思う。
もうこのところ何年も入っていなあ。おそらく15年ぐらいはご無沙汰してるんじゃなかろうか。お子様プレート的なものに、息を吹くと小さなプラスチックのボールがぷかぷか浮くようなおもちゃが決まってついていたっけ。あれはまだ健在なのだろうか。

 打って変わって今日の我が家の晩ご飯は、野菜の炒め物に、自分で漬けた梅干しで煮た人参。キュウリの浅漬けに、切り干し大根のお味噌汁。それにまだ熟れていないピンク色をしたスイカ。野菜は全部、こうちゃんが朝畑から採ってきてくれたもの。肥料も農薬もやらない、雑草の中に埋もれている?!なんてのもざらな究極の自然栽培。「○○県産、特別栽培、有機、これは旬?ってスーパーに行って迷って選ばなくて済むのが、今年は楽ちん。」というと「顔が見えるどころか、土が見えるからね。」と食べながらコウスケ。今の私にとっての豊かさはこちら。
自分の幼き時代が、近未来の「Always〜三丁目の夕日〜」的立ち位置になろうとしている!?時代の移り変わりって、ひょっとしたらこういうことなのかもしれない。わたしも良い歳。御歳30歳です。

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