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07 / 23 Sun 19:33 ×
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01 / 16 Fri 23:37 #宍戸慈 ×

我が家の新年は立春始まり。
グレゴリオ暦よりは、自然の移ろいに合わせた暦で暮らしたいから。
そんな立春前の18日間、土用に明日からイン。
土用期間は大きなことを決めない、動かさない方がいい。
という昔ながらの習わしに従って「今日までにやらなくちゃー」と
慌てて2015年始夫婦ミーティングを開催した。

2014年はどうだった?
なんだかんだいってよく持ちこたえたよね。
そうそう、思い起こしてみれば、コマの妊娠がわかってからというもの、福島でせっかく頑張って構築してきた仕事をきれいさっぱり辞めて、身寄りは妻しか居ない北海道へ移住してきた我が夫コウスケ。仕事のつてもない、親や親戚など頼れるところもない中でよく1年我が家を支えてくれたものである。

ばりばり働いていた妻は産休で収入が一時的にゼロ、その上、自宅で出産したいなんて言うものだから、家事に育児に去年の2月3月はコウスケ自身も全くといっていいほど働く時間なんてなかったのである。

産褥期で寝たきりの私。
理由もわからず泣く娘。
布おむつの洗濯に、ご飯の用意…
普通だったら里帰り出産なんかをして実母が手慣れた作業でやってくれるであろうことを
彼は、家で物書きの仕事をしながらヒーヒーいいながらこなしていた。
産後のホルモンバランスの変化によって、ナイーブな私とぶつかりながらも
それでも、なんとか持ちこたえたコウスケ。
手前味噌ながら、本当によくやったな、と思う。

私とコウスケのほんの少しの貯金と
月に何本かずつ復帰して稼いだ私の稼ぎ
「ホント、4月頃はもう駄目かと思ったもんね。破綻してた(笑)」
本人がそういうくらい、ぎりぎりだった。

産褥期だけでなく、その後この家に引っ越してくるまでの間
狭い単身者用マンションに家族3人ひしめき合って暮らしていたから
彼の仕事スペースといったら窓際に設置された直径60センチほどの丸テーブルと、椅子が一脚のみであった。そこで夜も昼もコツコツコツコツ。コマに泣かれれば、膝の上に乗せながら、私に文句の一つも言われながら、くるひもくる日もパソコンに向かい続けた。

そんな彼の地道な努力の甲斐あって、
我が家はなんとか2014年を乗り切ることができたのであった。

持ちこたえたのは奇跡かもね。
生活と子育てと必死すぎてどうやって生活していたかあんまり覚えていない。(笑)
ただ、春から夏にかけて、今年からはじめた畑の恵みにものすごく助けられたのだけは鮮明に思い出せる。夏なんてほとんど食べ物を買ってないんじゃないかな。
「今年は絶対に畑をやりたい!」と豪語した割に、産褥期でコマ連れで全然出れなかった私の代わりにコウスケが毎朝6時には畑に出て行き、大量の野菜をとって帰ってきてくれた。どんなに有り難かったことか。コウスケに、自然に、そして考えるやぎの畑のみんなに感謝である。

「今年はもう少し余裕を持って暮らしたいね」
考えてみたら、去年は二人ともプライベートな時間(どこかへ遊びに行くとか)なんてヒトッツもなかった。子育てしている時間はプライベートなのかもしれないけれど、自営業夫婦の私たちにとってそれは、ゆとりの時間でもなんでもない。やりたい仕事があるのだけれど、子育てという目の前にやらなければならないことがあってそこにたどり着けないでいるという状況に過ぎない。OFFなんて言葉、どっか遠くへ飛んでしまっていた。
「月に1回でも2回でもいいから、オフを作って家族で出かけたりしよう」
「夫婦MTGも大事だね。これも最低月1回」
コマが生まれてから、こんなMTGをする時間すらとれずにいたもんね。

今年はあれがしたいこれがしたい。
これもできてないね、あれができたら楽しい。。。
3月が来たら結婚して丸2年。
まだまだ、模索中の弊夫婦。今年もよろしくお願いします。


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